概要と歴史ハミングロードの桜 ハミングロードは元々、旧陸軍鉄道が走っていました。
戦後も自衛隊(警察予備隊時代含む)の鉄道演習等で線路と汽車がハミングロードを走っていました。
占領下から解放された昭和27年(1952年)、地元住民の熱心な活動が結実して線路脇に植樹されたのが、「ハミングロードの桜」の始まりで、当時千本の桜が植樹されたことから千本櫻と呼ばれています。
千本もの桜の木々ですから、管理するだけでも相当な費用と労力を要しましたが、 当時、中心となった「独立記念千本桜保存会」により年会費による管理やその後の広告看板の設置で資金を生み出すなど、街を思う住民らの知恵で守られてきました。
保存会の方々は。「ここに、桜並木があって、その下でみんなで花見ができたらいいなぁ、後世に残せるものを作りたいなぁ」そんな気持ちで動き出したそうです。
植樹から50年余り経過した現在、残念なことにこのエピソードを知る人は減りましたが、大久保住民の「桜好き」に変わりはありません。
しかし「桜並木の下でみんなで花見を」の考えは時を隔てても住民共通の考えとして今も生きています。